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ゆとりを与える神
(安海靖郎)
「もっとゆとりを持って!」と思う人は多いのではないでしょうか。私は、毎日が車ですので、ハンドルを握ると、こう祈ることにしているのです。「神様、今日もゆとりをもって運転できるように。広い心、寛容な心を与えて下さい」。
それでも油断すると、ついイライラし、小さいことで怒りっぽくなります。そして、そんな自分に自己嫌悪をもってしまいます。心にゆとりがないと、運転だけでなく、仕事や人間関係もギクシャクしたり、悪影響を及ぼすことが少なくありません。
いろいろな心のゆとりの持ち方や工夫があると思います。
そこで、聖書にその工夫を探してみました。
まず、第一は、神様に祈ることによって、心のゆとりが与えられるということです。
ダビデ王は、自分の息子の反乱で王位を追われるという苦しみの中で、こう訴えています。
「私が呼ぶとき、答えてください。
私の義なる神。
あなたは、私の苦しみのときに
ゆとりを与えてくださいました。
私をあわれみ、私の祈りを聞いてください」(詩篇4篇1節)。
次に、聖書のことば、神のことばが人の心を広くすると言っています。
「私はあなたの仰せの道(聖書)を走ります。
あなたが、私の心を広くしてくださるからです」(詩篇119篇32節)。
目先のことにとらわれていると、ゆとりがなくなります。祈りや聖書のことばに目を向ける時、心の扉が無限の神様に向かって開かれるということでしょう。
最後に、新約聖書のエペソ人への手紙3章19節に、「人知をはるかに越えたキリストの愛を知る」と、心の中が神様の豊かさで満ちるとあります。
自分をあざけり、罪人扱いにして、十字架につけた人たちを見て、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのかわからないのです」と祈ったキリストの愛、キリストの赦しを思う時、心の中にその愛が伝わり、心が広くなるのです。
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