|
応用昆虫学者の梅谷献二さんによると、人の側の都合による一方的な仕分けによると、昆虫には、害虫と益虫とそのどちらでもないただの虫がいることになるそうです。現在、昆虫の種類は、全動物の六割以上にあたる180万種が記録され、さらにその何倍もの未知の種類があると推定されています。虫の嫌いな人には、100パーセントが害虫になるわけですが、常識的には、その99パーセントが「ただの虫」だそうです。
新聞のコラムに、静岡県のあるお母さんとその息子さんの会話が載っていました。
「お母さん、尊敬する人ってなあに?」
「そうねぇ、大きくなったらあんな人になりたい、と思うような人かな」
その息子さんは、少し考えてからこう言ったそうです。
「お父さん、って書こう」
「へぇ、お父さん喜ぶね。またマンガ買ってくれるかもね」
するとその子はこう言いました。
「だってぼく、ふつうの人でいいんだもの」
何百万種ともあろう昆虫の99パーセントがただの虫だということですが、ある人がいいました。神様は、ふつうの人、ただの人を愛されています。なぜならば、この世にはふつうの人が多いからです、と。
私たちは確かに相対的な生き方をしています。あの人と比べ、お隣と比べ、あのお宅の子と比べ、というように。そこには焦りやいらだちがあり、嫉妬さえも起きかねません。良ければ自慢や誇りとなり、他者を見下すことも生じてきます。
ですが、彼は彼、隣は隣で神様に愛され、私は私で特別に神様に愛されているんだという確信が与えられれば、あなたがたとえただの人でも平々凡々とした人生ではなくなります。
聖書の素晴らしい言葉を聞いてください。
「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです」(ヨハネの手紙第一・4章9節)
この神様の愛が私たち一人一人に公平に注がれていることに信仰の目が開かれるとき、他人と比べてどうこうという狭い世界から解放されて、豊かないのちに生きられるのです。
|