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世の中には、バイパスがたくさんあります。細くて険しい道しかなかった昔から、抜け道、近道、たくさんありました。
私は、越後の三国峠から関所を通らずに上州四万に抜ける昔のバイパス、細い細い関所やぶりの道をたどってみたことがありました。
今はバイパスの時代です。広くてまっすぐで、早く行くことのできるバイパスが、至る所に作られています。
それどころか、心臓冠状動脈バイパス手術というのが開発され、私も以前、この手術を受けて助かりました。ところがその10年後に、その三本のバイパスも詰まり、全身の血管が硬化して、ぼろぼろになりました。もう手術もできなくなり、お手上げになりました。ひとつ大きな発作が起こると万事休すです。
私はつくづく、人生には最後に「死」に集約される、困難や苦しみをバイパスして、天国とか永遠の命に至る道はない、「人生にバイパスはない」ということを身にしみて感じています。お金の力、地位の権力、軍事力、知識力をもってしても、死やさばきや地獄をバイパスすることはできないのです。
私は16歳の時、生きることにも死ぬことにも絶望を感じ、自殺によって人生をショートカットしようとしたのです。ところが、神さまが引き止めてくださり、私を老婦人の宣教師の所に連れていってくださいました。そこで私は、こうおっしゃる方に出会ったのです。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハネの福音書14:6)
私は罪を悔い改めて、このお方を信じ、このお方の道、十字架のめどを通って、すぐに死から命に移していただいたのです。このほかに人生にはバイパスはないのです。
キリストは言われました。「わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです」(ヨハネの福音書5:24)
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