赦され、赦す人生

 お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペソ4:32)

 いい言葉ですね。ほんとうの愛で愛されているので、ほんとうの愛で愛することができる。こうなれた人の胸には、人生最高の勲章「愛の十字歌章」をつけてあげたいと言った人がいます。でもむずかしいことですね。

 私の見聞きしたある女性の話ですが、転がり込んできたガン末期の義妹を至れり尽せり看病したのに、「ありがとう」と言ってもらえないどころか、時々食膳をひっくり返して面罵され、「もう赦せない!こんな女、早く死んで、地獄でもどこへでも行けばいいんだ」、こんな心になった自分が悲しく、苦しく、彼女は教会に駆け込んできたのです。そしてそこで「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです」(ヨハネの手紙第一・3:16)と、イエス・キリストの十字架のことをきいたのです。

 義妹どころか、自分自身が、どんなにみにくい自分勝手な罪人であるか、よくわかりました。罪のない神の子イエスが、こんな自分をも、かけがえのない者と愛し大切にしてくださって、身代わりになってくださり、そのいのちをかけて、スパッと、無条件、完全、永遠に、自分の罪を赦してくださったと知りました。

 この神の、キリストにある永遠の赦しの愛を受け入れた彼女、スパッと義妹を赦しました。親切な心優しい人となりました。やることは前と同じでしたが、再び心から看病しはじめました。結果は、その義妹も、夫も、二人の息子も、みんなキリストのほんとうの愛を受け入れてクリスチャンになり、溢れるばかりの恵みを体験できたのです。

 人を愛し、ほんとうにスパッと赦しきることは、まず第一に、自分が心から悔い改めて、「神の、キリストにあって永遠、完全、絶対に赦してくださる愛」を心に受け入れなければなりません。そして、どんな不条理なあつかいをされても、キリストの愛を思い、その人をさばくことを止めるべきです。100パーセントさばきを神にゆだねることです。そうして、その人もキリストが愛し赦していることを肝に命じ、その人の悪を思わず、やがてその人も赦され救われ変えられると信じ、期待し、忍耐深く祈ってごらんなさい。奇跡が始まるのです。

「お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい」(エペソ人への手紙4:32)