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「君の技術は完璧だし、いい音も出ている。でも君の音楽には心がない。僕には君に教えることは何もない。日本に帰ったらどうかね」
世界一流の音楽家になって名声をあげる野望に満ちドイツに留学したYさんは、教授にこう言われた時、自分の存在理由を丸々否定されたような打撃を受けました。しかし、心の底では、「先生の言う通りだ」と感じていたそうです。
それからのYさんは、練習方法もまったく変え、死にもの狂いで努力しました。でも、どんどん前より悪くなるように感じ、夜も眠れず、食事ものどを通らなくなりました。
そんな時、先輩のクリスチャン声楽家が言ってくれました。「僕もそうだったけど、心の中にイエスさまを信じ迎え入れた時から、僕は変わったんだ」
それからYさんは、彼の優しくて平和で愛に満ちた家庭に入り浸り、ついに彼に導かれるまま、今までの自我の欲望一点張りだった心を悔い、砕かれた心に救い主イエス・キリストを迎え入れました。その時から変わったのです。
彼の心から自然と新しい歌が溢れ出ました。Yさんはコンクールで世界一になって日本に帰り、今では国の内外で神の愛の音楽を奏でています。
あなたの心には、日々新しい歌が湧きあがっていますか。私の人生もかつては、歌を忘れたカナリヤの人生でした。争いにみちた泥沼のような悲しい家庭の中でもがき、絶望の暗黒の渦に引きずり込まれ、ついに自殺未遂までしたのは16歳の時でした。いくらしぼっても私の心からは歌は出てきませんでした。
ところが級友のクリスチャンの、キリスト教を毛嫌いした教師の前での勇敢な証言を聞き、彼に誘われて行った教会で、私は、こんな私まで愛してやまず大切にしてくださる全知全能の創造者である神に出会いました。
私の心の叫びに耳を傾けてくださるばかりか、いのちまで捨てて私の罪の身代わりとなり、私を泥沼から、滅びの穴から救い出してくださるキリストの、差し延ばされた御手におすがりした時、私は昔の詩人、王ダビデと同じ体験をしたのです。
私は切なる思いで主を待ち望んだ
主は、私のほうに耳を傾け、私の叫びをお聞きになり、
私を滅びの穴から、泥沼から、
引き上げてくださった
そして私の足を巌の上に置き、
私の歩みを確かにされた
主は、私の口に、新しい歌、
われらの神への賛美を授けられた
多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう(詩篇40:1〜3)
私の心から日々新しく湧きあがる歌はなんでしょう。
「愛の歌」です。キリストの中に限りない愛を受け、人々も愛そうと歌う愛の賛歌です。「喜びの歌」です。こんな罪人が神と和ぎ、その親しい交わりを喜び、兄弟姉妹との愛の交わりを喜ぶ賛歌です。
「勝利の歌」です。悩み苦しみ試練にみちた人生でも、神が、いつも主イエス・キリストにあって与えてくださる勝利をたたえる賛歌です。
聖書は今も私たちにチャレンジしているのです。
「新しい歌を主に歌え」(詩篇96:1)
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