友達・第二の自己

 アリストテレスは、「友だちは第二の自己である」といいました。日本の古い言葉にも「朱に交わればあかくなる」とあります。あなたには友だちがおありでしょうか。
いろいろな種類の友だちがいます。ソロモンはいいました。「滅びに至らせる友人もあれば、兄弟よりも親密な者もいる」

 私には、私の人生を変え、造り上げてもらったような友がいるのです。この40数年にわたる長い友情の歴史は、自分で言うのもおかしいのですが、すばらしかったといえるでしょう。
ある日のこと、私たちのクラスに大のヤソ(キリスト教)嫌いの先生が来ました。「お前たちの中にヤソがおるか。ヤソは国賊じゃ。いたら手を上げい。俺がどうにかしてやる」えらい剣幕での言葉に「はい、僕はクリスチャンです」立ち上がってそう言ったのが、彼だったのです。その時から私はなんとなしに彼に引き付けられ、そして二人は友人になりました。夜の1時、2時まで語りました。でも、だまっていても、少しもぎこちなくないんです。
 そうこうしているうちに、彼にさそわれて彼の教会に行き、イエス・キリストを信じるようになったのです。そして彼の誠実、彼のやさしさ、彼の喜びと平安、みんなイエス・キリストからのものだと知りました。
その後、それぞれ二つの道を歩みながら、私たちはこの40数年変わらない友情を保ち続けてきました。

 あなたの友だちはどんなでしょうか。あなたの人生を愛の喜びでみたし、あなたを愛と真実の人に変えてしまう、あなたを新しい人間にしてしまうような友を、あなたはもっていらっしゃいますか。
 「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません」「キリストは私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました」


 私はイエス・キリストを友と呼ぶ資格のある人間ではありません。しかしイエスさまは、あえて私を友人と呼んで下さるのです。このお方が、第二の自己--新しい私--を造り上げて下さいました。イエスさまは、私が罪人であったとき、私が神に逆らうものであったとき、私のために十字架の上に死んで、私を罪と死から救い出して下さったのです。
聖書の中で、イエス様はこういわれます。

 「わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです」(ヨハネの福音書15:15)

 「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません」(ヨハネの福音書15:13)

 「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。(ヨハネの手紙第一3:16)